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【校友スペース】
竹内記念ラウンジ及び理工学会 各分会事務室(55号館S棟2階)
 55館S棟2階に理工学部創設の功労者(竹内明太郎)の名を冠した「竹内記念ラウンジ」を設置しています。室内には、竹内明太郎はじめ理工学部の創設、発展に功績のあった方々の写真、パネル等を展示し、その方々の行跡を紹介します。また、数組の応接セットならびに小会議用テーブル、椅子等が置かれ、ラウンとして校友が何時でも気楽にくつろいで利用できます。
 併せて、理工学会各分会事務室を竹内記念ラウンジに隣接する形で設置し、理工学会各分会活動が一体となって機能できるようになっています。
竹内記念ラウンジご利用案内


竹内 明太郎
(1860〜1928)
 竹内 明太郎は、ワンマン宰相吉田茂の長兄であるが、若いときからわが国の工業技術が欧米に比較して非常に遅れていることを憂いていた。明治18年、26歳で竹内鉱業株式会社を設立し、炭鉱を経営した。また銅の電気精錬業を興し、工作機械の製造も始めた。
 竹内明太郎は、工業の振興にはなによりも人材の養成が必要と考え、自力で工科大学の設立を計画した。そのために有能な若い学者を欧米に留学させていた。ところが、早稲田大学が創立25周年を期して理工科を設立する動きのあることを知り、自から計画していた工科大学設立の計画を、すべて早稲田大学に寄付することにした。すなわち、彼が私費を投じて養成してきた人材の提供と、長期にわたる資金援助を申し出たのである。
 大隈重信候はじめ大学当局はこの申し出に勇気づけられ、理工科創設に踏み出すことができた。
 この人材のなかに牧野賢吾(電気学)、小池佐太郎(採鉱学)、遠藤政直(機械学)、西岡達郎(機械学)、岩井興助(治金学)、山本忠興(電気学)、佐藤功一(建築学)がおり、理工創設期の指導者として大きく寄与したのである。なお、竹内明太郎は山本忠興の叔父でもあった。
 早稲田大学は竹内明太郎のこの好意に深く感謝して、長く校賓として遇した。理工創設の恩人として深く敬意を表したい。
(大井 喜久夫)


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